真珠の耳飾りの少女

 「真珠の耳飾りの少女」――通称「青いターバンの少女」。謎に包まれた名画のモデルの少女をめぐる物語が、この映画です。
 これを観てまず感じたのは、まるで絵画の世界に入り込んだようだ、ということでした。少しセピアがかった色調。淡い光が生む柔らかな影。まさにこれぞフェルメールの世界! と言いたくなるほどでした。製作者が相当こだわったのだろうと思います。

 主人公は17歳の少女、グリート。父親が失明し、タイル職人として働けなくなったため、彼女はフェルメール家に奉公に出ます。この時、デルフトの街で戸惑い気味に立ち止まるグリートの足元にまずご注目。放射線状に広がる石畳の模様の中央に彼女は立ちます。これが、先の見えない彼女の将来を暗示しているように感じられるのです。
 そしてフェルメール家で働くことになった彼女は、やがて主人のフェルメールに見初められます。――その色彩感覚を。
 フェルメールのアトリエの窓を拭いてもよいか、奥方に尋ねた彼女の台詞、

「光が変わります」

 この一言に私は痺れました。窓の汚れを拭き取った時、微妙な色合いを帯びた光がアトリエに差し込みます。これによりフェルメールの創作意欲を掻き立てることになったのですから、グリートの功績は語りつくせません。
 それにしても……自分も一応、絵を描いたりするくせに、この「光が変わる」ということに気づけないとは。まったく赤面の至りです。奥方は「文字も読めない女」と罵っていましたが、センスというのは習うものではなく備わっているものなのですね。
 そして、グリートはアトリエでフェルメールの助手として絵の具を調合することになります。当然、今のようにチューブをひねれば絵の具が出るはずもないので、材料をこねたり混ぜたりしなければならないわけです。これは色彩センスのない人間には任せられませんね。

 しかし、こうした二人の世界に腹を立てていた奥方は、ついに爆発してしまいます。その原因こそが「真珠の耳飾り」だったのです。
 グリートをモデルに描いたかの名画。そこにどうしても必要とされたアクセントが、耳朶に光る大粒の真珠でした。しかし、これはもちろん奥方の持ち物。
「私の耳飾りをこの女につけたの!?」と、それはもう、凄まじい形相で詰め寄ります。この奥方、本当に怖いです。この瞬間だけホラー映画かと思いました。
 とはいえ、妻の家に養われているような形の寡作画家は逆らいようもなく、結局グリートはフェルメール家を追われてしまうのです。
 この時、大通りに出た彼女の足元には……再びあの石畳が。
 翻弄される一人の少女の運命を、ただこの画だけで表現しているのです。
 こうして物語は終幕へ。激しさや派手さはなくとも、落ち着いたフランドル絵画世界を満喫したい方にはお薦めです。


 そして、最後に一言。
 フェルメール、覗きはほどほどにしておけよ。

2004年 監督:ピーター・ウェーバー

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