カボチャのジャック



  学校の帰り道、道端に置かれたカゴを見て、リサはふと足を止めた。
 カゴの中身は、普段食べているものより大きな、オレンジ色の「おばけカボチャ」。近くの農家が置いたらしく、板切れにマジックインキで「無人販売」と走り書きされていた。

「そっか……そういえば今日はハロウィンなんだ」
 街ほど大きなお祭り騒ぎはないけれど、この小さな農村でも、ハロウィンの夜には子供たちが仮装して、お菓子をもらいに家々を訪ねて回るのが慣わしだ。

 ――慣わしだった。去年までは。

 今年のハロウィンは、村全体で自粛傾向にある。リサの両親も、今年は夜の外出に渋い顔をしているし、リサ自身もそんな気分になれずにいた。
 十月末になっても、村にはお祭らしい空気が皆無なので、逆にこんな無人販売があるのが珍しいと思えた。

「でもまあ、ランタンくらいは作ってもいいかもね」
 せっかくの季節行事だ。思い出したのをきっかけに、ランタンの一つくらい灯したって悪くない。
 そう思うと、リサは一枚のコインをカゴの脇の空き缶に投げ入れ、おばけカボチャを抱えて家路についた。



 帰宅したリサが真っ先に向かったのは、納戸だった。
「うーん、確かここにしまったはずなんだけど……あっ、あった!」

 リサが見つけたのは、去年のハロウィンで使った、ランタン作り用の小型ナイフ。刃先がノコギリ状になっていて、カボチャをくり抜くにはちょうど良いが、年に一回しか用のないものでもある。
 納戸の中でクリスマス飾りの下敷きになっていたナイフを拾い上げると、嬉々としてキッチンに向かった。

 道端で買ってきたカボチャは、子供の頭ほどの大きさがある。床の上に置き、両膝の間に挟んで固定すると、その頭上にナイフを一気に突き立てた。

 ――と思った、その時。

「いててててて! 何するんだ、コノヤロー!」

 ビクッと怯え、リサは思わずナイフを放り出した。
 いったい今のは何だ?

「おい、おまえ! いったい何しやがる!」
「ぎゃー、おばけ!」

 何と、買ったばかりのおばけかぼちゃが、床の上でぴょんぴょんと跳ねながら、怒鳴りつけてきたのである。慌てて逃げ出そうとしたが、その背中を思いっきりどつかれた。

「いったぁ! 何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ! ヒトのアタマにナイフ突き立てといて、黙って逃げるつもりか!?」

 そう怒鳴るカボチャは、床を這いつくばるリサの背中に体当たりを食らわしてきたのだった。

「ヒトって……あんた、カボチャじゃないの!」
「オレはカボチャじゃない! ハロウィンの妖精だ。見てわからんのか!?」

 わかるわけがない。どこをどう見たってカボチャだ。
 しかし、そう突っ込む余裕がなかった。

「ハロウィンの……妖精?」
「そうだ。ヒトを見かけで判断するなよ、愚かな女め」

 ……なぜ、自分はこんなことを言われなければならないのだろう?
 無人販売の前で足を止めたのがすべての過ちだったのか。だが、誰が想像できるだろうか。買ってきたカボチャが暴れたり怒鳴ったり威張ったりするなんて!

「じゃあ何で道端で売られたりしてるのよ!」
 そう叫ぶと、カボチャはバツが悪そうに、急に口ごもった。
「……それはちょっとした過ちだな。うっかり寝込んでたら、いつの間にか収穫されて、カゴの中に入れられてたみたいだ」
「うっかりって……あんた、妖精なんでしょ」
「妖精にだって失敗はある。全知全能の神と一緒にするなよ」

 どうにもおかしなカボチャである。しかし、リサにとってはもっと重要なことがあった。
「とにかく! ランタンにできないんなら、お金の無駄だわ。あたしのお金、返してよ!」
「無茶を言うな、無茶を! そんなに惜しかったら、さっさと空き缶から取り戻してくればいいだろ!」
「それこそ、ただのドロボーじゃないの! あーあ、変なもの買って損したわ!」

 これ見よがしに大きくため息を吐き出すと、リサはどかっとソファーに体を投げ出した。そんな彼女の態度に、カボチャはますます怒りをつのらせる。

「変なものとは何だ! オレはハロウィンの妖精、ジャック様だぞ!」
 そう怒鳴りつけると同時に、カボチャは突如、光を放った。それを見て、リサはソファーから跳ね起き、カボチャに駆け寄った。
「うわー、凄い! あんた、穴を開けなくても光るのね? さすがはジャック・オ・ランタンだわ!」
「誰がランタンだ、誰が! オレは妖精のジャック様だと言ってるだろうが!」

 カボチャはぷんすかと怒ってみせるが、そうなるとますます光が強くなる。そして、それを見つめるリサの目もいっそう輝いた。

「自然発光するランタンだなんて、かえって得しちゃったわ」
「だからこれは聖なる光だって……こらー! 人の話を聞けぇー!」

 カボチャのジャックが何を説こうと、リサの耳にはもはや何も聞こえていなかった。ランタン作りの手間が省けたと、意気揚々とカボチャを小脇に抱え、彼女は自室に向かっていった。



「おまえさあ、学校の先生からよく『人の話を聞きなさい』って言われないか?」

 しみじみとした、どこか中年じみた声が、およそ似つかわしくない子供部屋に響く。しかし、ここには中年オヤジの姿などない。いるのは、鼻歌まじりにクローゼットを広げる少女と、オレンジ色の背中に哀愁を漂わせるカボチャだけである。

「何よ、カボチャのくせにお説教しようっていうの?」

 ふてくされたような口ぶりで切り返しながら、リサはクローゼットの奥をあさっていた。
 ベッドや床の上には、衣替えで片付けたばかりの夏物の服が、十重二十重に折り重なって散らばっている。それと言うのも――

「あー良かった! ちゃんとしまってあったわ!」

 クローゼットの奥深くから発掘されたのは、真っ黒なドレスと三角帽子。その様子を見やりながら、カボチャのジャックはいぶかしげな声を出した。

「なあ、それってハロウィンの衣装だろ? そんなもん着て、どこ行くつもりなんだよ。今年はハロウィン禁止なんじゃなかったのか?」
 その台詞に、リサの手はぴたりと止まった。
「何で……あんたがそんなこと知ってるのよ」
「オレはハロウィンの妖精だからな」

 その力強い口調は、体もないのにまるで胸を張っているように感じられた。
 リサは、肩で大きく息を吐き出すと、床の上にへたり込んだ。――まるで、張っていた虚勢がもろくも崩れ去ったかのように。

「わかってるのよ、やめた方がいいってことくらい。去年、あんなことがあったから……だから、できるだけ考えないようにしてたの。でも、思い出したらもう、落ち着いていられなくなっちゃったのよ」


 ちょうど一年前のこと。ハロウィンの夜は例年通り、子供たちが各グループごとに村の家々を訪ねて回った。

『トリック・オア・トリート!』

 お決まりの文句は、子供たちの特権。大人たちもそうやって育ってきたから、あどけない子供たちに惜しみなく菓子を与えてやる。
 そもそもが小さい村のこと。子供も大人もほとんど見知った顔ばかりで、まして特別な夜に子供が出歩くことを不安がる必要もなかった。
 そのはずだったのに。


「カレンが……いなくなるなんて……」

 子供たちは皆、数人ずつのグループになって行動していた。しかし、全員仮装していることもあって、誰がどこにいるのか、すぐにはなかなかわからなかった。
 そのため、少女が一人いないことに気づいた時には、夜もだいぶ更けていたのだ。

「彼女は、おまえの友達だったのか?」
 ジャックの質問に、リサは小さく首を振った。
「同じクラスだけど、あまりしゃべったことはないわ。たぶん、私と同じ子がほとんどだと思う。とてもおとなしい子だったもの」

 カレンは無口で、自ら進んで話すタイプの子供ではなかった。だから特別親しい友人もおらず、途中で姿を消してもなかなか気づかれなかったのだろう。

「たいして仲良くなくても、気にはなるんだな」
「そりゃあね……あたしにだって責任はあるし……」

 ハロウィンの夜はだいたい皆、仲良し同士でグループを作るものだ。しかし、もともと人に交わらないカレンは、どのグループからもあぶれているようだった。リサも、そのことには気づいていたが、あえて声をかけようとはしなかった。彼女はいつもの遊び仲間と行動することが決まっていたので、誘うのをためらったのだ。
 もしあの時、彼女が一声かけていれば、結果は異なっていただろうか。そのことが、リサの心にしこりとなって残っている。

 一年たった今もなお――カレンは見つかっていない。

 まるで魔物にさらわれてしまったかのように、忽然と消えたまま。

「しかしなあ、だからって今年、おまえが一人で仮装してウロウロしてたら危ないんじゃないのか? 去年そんなことがあったから、今年はみんなで自粛してるってのに」

 ジャックの苦言はもっともだ。そんなことがあったからこそ、子供が夜歩きしないようにと、今年のハロウィンは控えるように学校でも指示されている。
 それでも。
 もはや、黙っておとなしくしていることはできなかった。

「わかってるわよ! でも、行かなくちゃいけないのよ!」
 力強い声とともに、バサリと重い音が響く。
「わっ、何すんだよ!」

 ジャックの視界は、一瞬で暗転した。それもそのはず、リサが黒い衣装をカボチャにぐるぐると巻きつけ、すっぽりと覆ってしまったのだ。

「しゃべって光るカボチャが部屋にあったら、ママが気味悪がるでしょ。夜になるまで辛抱なさい」
「おいこら、てめー! 何しやが――……」

 それ以上、有無を言わせぬように、リサは黒い衣装ごと丸めたカボチャを、クローゼットの奥に放り込んだ。



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