片隅の声

 教室の片隅で、僕は丸くなっていた。
 話し相手などいない。何もすることがなく、始終うつらうつらして過ごす。それが日課となっていた。
 教室の一番後ろのその場所は、誰もが通り過ぎるはずなのに、僕の存在は誰の目にも入らないらしい。
 来たり者だから、ということもあるのかもしれない。初めのうちはクラス中の物珍しげな視線を一身に受けていたが、みんなの興味はすぐに薄れた。
 それに、と僕は思い出す。クラスの中心的な存在である広田との出会いは最悪だった。いきなり乱暴につかんできた広田に腹を立て、僕は怪我を負わせてしまったのだ。それ以来、広田は僕を見ようともしない。それに倣うかのように、他のクラスメートたちも僕を無視し始めた。
 女子に至っては、初めから僕を毛嫌いしているのが大半で、顔もろくに覚えていない。名前など論外だ。

 だが、その中でも沢木さんは別だ。沢木さんは朝早くから登校してきて、教室の窓を開けて新鮮な空気に入れ替えたり、鉢植えに水をやったりするのが役目だ。面倒な役割を押しつけられたわけだが、それでも文句一つ言わずに毎朝、花瓶の水を替えたりしている。たとえさぼっても誰も気づかないだろうに、沢木さんは真面目に係の仕事をしている。
 そんな人だから僕にも何かと気を配ってくれていたのだが、最近はそれも途絶えた。
 理由はわかっている。
 それは僕の隣にいる奴のせいだ。
 今も僕のすぐ横で鋭い眼光を放つ彼女は、僕より後に来たくせに、そうとは思えないほどの貫禄がある。そして、その恐ろしい形相ゆえに誰からも敬遠されている。
 彼女が僕の隣に座を占めるようになってから、ますます僕のそばに近寄る人間はいなくなった。僕と彼女だけが教室の片隅に隔離されている。まるで透明の檻だ。
 誰か僕を檻から出してくれ。そう叫びたいのに、誰も僕に気づいてくれない。

 これ以上、彼女の隣にいることには耐えられないだろう。情けないことは承知の上だ。だけど僕は悲しいくらい非力だし、彼女に勝てるはずもない。それに、ここのところ彼女の機嫌が悪くなっているので、何をされるかわかったものではない。かなり危険だ。
 沢木さんが僕の前を通り過ぎる。まるでそこに何もないかのように。
 どうして。よく気のつく沢木さんまでが、なぜ僕の窮状に気づいてくれないのだ。
 声にならない声で訴えたその時。隣で、ざわりと動く気配を感じた。さっきまで居眠りしていた彼女が起き出したのだ。
 目が合った。
 彼女がのそりと一歩を踏み出す。思わず僕は後退するが、すぐ壁際に追いつめられた。もう逃げられない。いや、もともと逃げ場などなかった。ここに来た時から僕の運命は決まっていたのだから。
 彼女は凶器を振り上げる。だが、この凶行に気づく者はいない。そうして彼女はそれを大きく振り下ろす。
 次第に薄れゆく意識の中、僕は遠くで広田の声を聞いた。
「誰だよ、一緒の水槽に入れた奴? カマキリのメスがオスを食ってるぞ!」

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photo:あかつき

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