白い扉


ヴィルヘルム・ハンマースホイ
『白い扉、あるいは開いた扉』

 

 

 

 主を失い、家具類すべてを引き払った家は、どこかよそよそしさを感じさせた。
 静まり返った部屋を一つずつ回り、一番奥の白い扉を開けて、私は小さく吐息した。
 傾き始めた日が差し込む、狭い一室。
 最後に父を見たのは、この西向きの書斎だった。あの日、父は娘の別れの挨拶にもただ頷くだけで、振り返りもしなかった。

 二人暮らしになってから、帰宅した私が廊下でいつも目にしたのは、書斎で背を向けて座る父の姿だった。その背に、小さくただいまと言うのが私の日課だった。

 父には聞こえていただろうか?
 父は私を見ていたのだろうか?

 家を出ると告げた時、父は何も言わなかった。だから私は一人娘でありながら、父を残して二度と帰ってこなかった。

 西日がさらに傾き、強まる光に私は思わず目を細めた。まぶしさの中、私は格子窓に一片の黒い影があるのに気づいた。
 首をひねりながら近づいて、私は大いに驚いた。
 格子の一角にはめ込まれていたのは、なぜかガラスではなく、鏡だったのだ。
 呆然と鏡を見つめていると、そこに一つの影が映し出された。

「ここにいたのか」

 その声は、先に二階を回っていた彼のものだった。廊下にたたずむ姿を、小さな鏡は思いのほか大きく映し出していた。

 ――ああ、そうか。

 なぜ、父はいつも背中を見せていたのか。
 なぜ、私は背中を見ることができたのか。
 記憶の中で、白い扉は常に開け放たれていた。冷たい北風の吹く季節でさえも。
 それはきっと、帰宅した娘を鏡越しに迎えるためだったのだろう。振り返らずとも、机に向かったまま、鏡面に映し出された影を眺めることで。

「さあ帰ろう。もうすぐ日が暮れる」

 温かな手が私の肩にそっと置かれた。
 そう――私は選んだのだ。
 日々老いゆくあの背中よりも、この大きく包み込む手を。

 かつて一度だけ、父は頭を下げた。まだ幼かった私に、母親を失わせてしまったことを詫びたのだ。
 それ以来、父は背中を見せるようになった。その理由を私は深く考えようとしなかったけれど、今になって初めて思う。父が罪の意識によって、直接娘と向き合うことができなかったのかもしれないと。

 私は彼に肩を寄せたまま、書斎を後にする。一度だけ振り返り、西日の中にかつての影を思い浮かべると、白い扉を静かに閉じた。


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