エプロンの戦士
昼休みに立ち寄った大学近くの本屋で、僕は珍しい人と遭遇した。 「武井部長?」 「お、吉野。おまえの行動範囲に本屋が入ってるとは思わなかったぞ」 それはこちらの台詞だ。 サークルの先輩である彼はいかにも体育会系なので、本屋という場所が似つかわしくない。しかも、 「部長こそ、ここでバイトですか?」 「そうだ」 あっさり答える彼の姿を、僕は思わず凝視してしまった。というのも、普段の合気道の道着に比べ、本屋のエプロンはあまりに不似合いだったのだ。彼の筋骨たくましい体に、よりによってエプロンとは。 「ところで吉野。最近、アイキの練習サボってるだろう」 突如、部長は話題を変えた。アイキとは、うちの部のことだ。 「すみません、その、ゼミの方が忙しくて」 「気を抜くとすぐに体がなまるぞ。俺のように日々の鍛錬こそが重要だからな」 「でも鍛錬って本屋のバイトじゃ……」 「ふっ、甘いな。ここでも修行の成果はいかんなく発揮できるんだ。お、早速見つけたぞ」 獲物を見つけた獣のように、部長の瞳がきらりと光る。 「待て! そこの怪しい奴!」 店内に響く大音声に、呼ばれた男はびくりと震えた。その手は、ちょうどフィギュア同梱のアニメ雑誌をバッグに押し込もうとしているところだった。万引きの現行犯だ。 見るからにひ弱そうなその男は、脱兎のごとく逃げ出した。だが、その逃走経路に武井部長の巨体が立ちふさがる。 「逃げるならこの俺を倒していけ!」 本屋のエプロンを翻し、部長は一喝する。 他に道はないと思ったのか、「ひいぃ」と叫びながら突進してくる万引き犯に、部長は合気道の構えを見せた。 凄まじい気迫。 一瞬怯む犯人。 そして勝負は瞬時に決した。 どさりと重い音がして、部長が仰向けに倒れる。 「む、無念……」 うめくエプロン姿の大男を尻目に、僕は店を出た。 合気道の流儀を取り入れながら、気合だけで相手を倒そうとする「気合」道部――現在、部員は二名。 明日には一名になるだろう。 |
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