もういいかい

「もういいかーい」

 夕方の小学校に幼い声が響く。夏至を間近に控えた今は、下校時刻になってもまだ空は明るい。梅雨の晴れ間の空から、傾きかけた太陽が地面に伸びた影をつくる。
 中庭の木陰から、武はもう一度大声で呼びかけた。

「もういいかーい」

 かくれんぼの相手は、双子の片割れの清だった。二人は顔も仕草もそっくりで、両親でさえ時折、間違えるほどだった。
 遊ぶ時も寝る時も悪戯する時も、いつも二人は一緒だった。だから、今も清は武にくっついて離れようとしない。呼びかけた武が振り返ると、すぐ後ろに清がいる。

「隠れてくれないと、かくれんぼにならないだろ」

 武がそう言っても、清は黙ったまま武のそばから動かない。武が困ったように頭を掻けば、清もそれに倣う。武が走れば清も駆け出し、武が止まれば清も立ち止まる。
 毎日同じことの繰り返しでも、武は「もういいかい」と呼びかけるのをやめようとしなかった。
 武が小さく息をついたところで、四時半の下校の音楽が流れ始めた。武は転がったランドセルを拾い上げ、中庭を後にする。もちろん清もそのすぐ後ろを追ってくる。

 通学路の交差点を渡ったところで、近所のおばさんに出くわした。

「あら武君、元気そうね」

「それなりにね」

 近頃、武は少し格好をつけた物言いをする。それがおかしかったのか、おばさんは相好を崩した。

「でも、本当に元気になったみたいで何よりだわ。清君があんなことになってね
え」

 安堵したような顔をするおばさんを尻目に、武は無言で歩き始めた。

 彼らが渡ったばかりの交差点には、ひっそり花が飾られている。ちょうど今と同じ時刻、下校途中のこの場所で、清は暴走してきた車に撥ねられた。あの日から、武は足元に伸びた影の中にしか、清の姿を見ることができない。いつも武の仕草を真似て、そばから離れない清の影を。
 だから武は今日も影に呼びかける。

「もういいかい」

 いつか清が「もういいよ」と答えてくれる、その日まで。

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