「脅迫状」　　（お題：　ゆきはふる　あなたはこない）

由梨子の命が惜しければ、次の指示に従うこと。
今日の正午までに金を用意する。
初めに伝えた額より１円でも少なくてはいけない。
振込先は指定口座まで。
ルールを破れば、娘の命はない。

穴の開くほどその文面を凝視していた両親は、互いに顔を見合わせた。
「何てことだ……」
溜息がちに由梨子の父親は呟いた。
母親もまた、意気消沈したように口を開く。
「こうなったら指示通りにするしかないでしょう」
情けない表情を浮かべたまま、母親は振込通帳を握りしめて立ち上がった。
いつも通り、生活費を使い果たした娘に仕送りをするために。

　「乙女座の祈り」　　（お題：　のみすぎたべすぎいのもたれ）

典之の朝はいつもテレビの星占いで始まる。
見なくても大して困らない程度の占いなのだが、これが不思議と当たるのだ。
少なくとも典之にとって、仕事運の的中率は実に高かった。
玉露をすすりながら、彼は今日もテレビに見入った。
立て続けに運勢の良い星座から順にランキングが発表されてゆく。
別の星座のことなどどうでもよい典之は、せめて１２位ではないようにと祈った。
すると、ようやく乙女座の今日のランキングが発表された。
ぎょっとして、典之の視線は画面に釘づけになった。
祈りも虚しく１２位となった乙女座の今日の運勢は、次の通りだった。
「のんびり気分ではマイナス。仕事は迅速かつ大胆に。運命の色は赤」

もちろん、典之は星のお告げの通りに行動した。
たちまちその効果は、彼の仕事が始まってから５分後に表れた。

レッドカード……一発退場だった。

「金曜日の午後、さよならを」　　（お題：　さくらがさいたらあそびにおいで）

さよならの合図に手を振るあなたに、
苦しまぎれの笑顔を向けた。
来週まで会えないのだと思うと、胸が苦しい。

頑固なほど、いつも同じスタイルを崩さないあなた。
サングラスで目の表情を押し隠して、
いつもどこか冷めたような風情で、
たたずむあなたを見つめることが日課になっていた。
来週になれば会えるとわかっているのに、
あなたのいない週末がひどく空虚に感じる。
そんな気持ちになったのはいつからだろう。
びっくりするほど無自覚なうちに、あなたに夢中になっていた。

にべもないことを考えていると、社員食堂の隣の席から声が上がった。
「おい、昼休みが終わるのにいつまでぼうっとしてるんだよ」
苛立って私は「あなたに別れのつらさなんてわからないわ」と言い返した。
「でも、どうせ日曜もいいとも増刊号で見られるだろ、タモリ」

「彼女の帰郷」　　（お題：　たばこのけむりがめにしみる）

たくましく生き抜いてきた彼女の生涯は、波乱に満ちたものだった。
バイタリティにあふれた彼女でなければ、今日まで無事でいられなかっただろう。

子供の頃から彼女は不遇だった。
逃れるように故郷に戻ってきた母は、彼女を産むとすぐに他界した。
決してそれは彼女に限ったことではなく、親のない子供は他にも大勢いた。
昔から、過酷な生涯を送ってきた彼女たちにとって、それは当然のことだった。
流動的な彼女たちの生活は安定とは程遠い。
概して、彼女たちは父親の顔すら知らなかった。

目を閉じてゆっくり眠ることもできずに、彼女はずっと荒波に揉まれてきた。
日本の現代社会ではとても考えられないほどの、それは生死をかけた戦いだった。
しかし、各地を転々としながら生きてきた彼女の命も、もはや尽きかけていた。
みな他の仲間たちも、彼女に続いて故郷へと向かう。

流転の日々に終止符を打つべく、鮭たちは産卵のために川を遡って泳いでゆく。

「約束」　　（お題：やねよりたかいこいのぼり）

約束なんて呆気なく破れるものだ、と僕はぼんやり考えた。
「ねえ、覚えてる？」軽く頬杖をつきながら、彼女が訊ねる。

四年前、僕たちは確かに誓い合ったのだ。
リングを互いに交換し合い、
たとえ何があろうと、命ある限り二人で生きていこうと。

過去に思いをはせながら、僕はにわかに目を伏せる。
今、テーブルの向かいに座る彼女の指には、もうあのリングはない。

「こんなことになるなら、約束なんてしなければよかったのにね」
今さらそんなことを言っても仕方ないのに――
のみ込んだ言葉を噛みしめながら、僕は書類に判を押して彼女に渡す。
僕を見る彼女の目が、奇妙な光を放っていることに気づいたのは、その時だった。
離婚届の下、彼女が手にした紙の裏から、僕の名と死亡届という文字が透けて見えた。