カボチャのジャック



 ボールのように転がるカボチャが、ようやく動きを止めたのは、坂を下りきったところだった。
 魔女の仮装のせいで動作がいつもより鈍くなり、リサはそこへたどり着いた時には、肩で大きく息をしていた。

「あー……疲れた……」
「いや、それはオレの台詞だし」

 こんな時でも、ジャックは細かく突っ込むことを忘れない。
 しかし、リサの注意を引きつけたのは、皮が傷だらけになった哀れなカボチャより、目の前の大きな光だった。

「教会に明かりがついてる……」

 皓々とまばゆい光がステンドグラスをすり抜けて、色鮮やかにジャックを照らし出している。
 村人たちはみな寝静まっているのに、この教会だけは夜更けにもまだ明かりを灯しているようだった。

「今夜はハロウィンだからな」

 どこか投げやりなジャックの言葉に、リサは小さくうなずいた。
 確かに、今年はハロウィンの祭り自体は取りやめになってしまったが、明日が万聖節であることに変わりはない。
 万聖節――死せるすべての聖人たちへの祝い日。それならば、前夜に教会だけが明かりを灯し、夜通し祈りを捧げていても不思議ではない。

「そうだわ、ちょっと疲れちゃったし……ここで一休みしようかしら」

 まるでカボチャの収穫のように、無造作にジャックを拾い上げると、リサはずんずんと教会に向かって歩き出した。


 ギィ……と、重くきしむ音を立てて、中央扉がゆっくりと開く。何百年も前に建てられ、戦火もくぐり抜けたと伝えられる石造りの教会は、屋内でも空気が冷たく感じられた。
 一歩足を踏み入れて、リサは思わず目を見張った。
 中央の礼拝室を囲むように、教会内には数え切れないほどのジャック・オ・ランタンが飾られていたのだ。
 カボチャの照らすオレンジの光がステンドグラスに反射して、色とりどりの影を生む。炎が揺れるたび、影もまたざわめいて、ジャックを抱きしめるリサの手も思わず力がこもってしまった。

 ハロウィンの夜は、死者の霊が訪れる――

 となれば、この無数のランタンは、魂を呼ぶ篝火(かがりび)だろうか。

「――こんな遅くに現れるなんて、悪い魔女ですね」

 背後から不意に声をかけられて、リサは思わず飛び上がりそうになった。慌てて振り返り、彼女はその声の主を見上げた。

「あ……し、神父様……!」

 教会に神父がいるのは当然のことだが、この異様な空気の中で、突然の出現はリサを大いに驚かせた。
 初老の神父は、銀縁の眼鏡の奥に、困惑した表情を浮かべた。

「一人でこんな時間にどうしたんですか? 他の子たちは、夕方にお菓子をもらって帰っていったのに」
「え? お菓子?」
 今度ばかりは、掛け値なしに驚いた。神父は今、何と言ったのだ?

「そうですよ。今年は夜のお祭りが取りやめになってしまったので、その代わりに夕方、皆さんここでランタンを作ったんです。来た子たちにはお菓子を配りましたけど、もしかしてもらいそこねたんですか?」

 ――そうだったのか。

 リサはまったく知らなかったが、他の子供たちはそんなことをしていたのか。確かに、ここにあるランタンは、神父一人で作るには多すぎる。理由を知って合点はいったが、逆に別の点で納得できなかった。

 ――自分もまた、のけ者にされていたなんて。

 去年、自分がカレンを無視したように、今年は自分がはじかれたのだ。誰も、教会でそんなイベントがあるなんて、一度も教えてくれなかった。だからこそ、無人販売で買ってまで、一人でランタンを作ろうとしていたのに……。
 急に悔しさと悲しさがこみ上げてきて、リサはうつむいたまま下唇を強く噛みしめた。
 でも、ここで弱音を吐きたくない。そんな思いが、彼女の唇を開かせた。

「あの……あたしは、ここへ祈りに来たんです」
「祈り?」
 神父は眼鏡ごしに、驚いた目で少女を見つめる。リサは一度息をつくと、再び口を開いた。
「カレンが……見つかりますようにって。今日でちょうど一年になるから……」

 去年のハロウィンに行方不明になった、一人の少女。村でたった一つの教会では、洗礼も皆ここで受ける。当然、長年ここで勤める神父もカレンのことを知らないはずがなかった。

「そうですか……。あなたは心の美しい人ですね。さぞ主もお喜びでしょう」
 そう口にすると、神父は唇の端にかすかな笑みをのせた。
「あなたの思いが届くよう、私もともに祈りを捧げましょう」

 神父はリサの肩に手を置くと、ランタンに包まれた礼拝室を歩き始めた。

 その最も奥には、十字に架けられた聖なる人の像がある。
 茨の冠をかぶり、両手足を打ち付けられ、十字架に張りつけられた、痛ましい主の姿。幾度となく説教で、これが救いの主だと聞かされても、その哀れな様はいつ見ても胸に詰まる。
 リサは、無残な姿の像の前で立ち止まると、ひざまずいて祈りを捧げようとした。
 しかし、その彼女の動きを、なぜか神父は手で制した。

「今夜はハロウィンですから、特別な祭壇で祈りましょう」

 確かに、蝋燭の炎がランタンの灯に変わるくらいなのだから、今夜はハロウィンらしい手順を踏んだほうが良いだろう。
 一つうなずき、神父に案内される通り、リサは奥の部屋へと向かっていった。



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