カボチャのジャック



  秋も次第に深まってきて、山村地方の夜はますます冷えてくる。
 冷たい風に頬をなでられ、リサは思わずマントの襟をかき合わせた。

「うー、寒い。去年よりも何だかすごく冷え込んでる気がするわ」

 リサは小刻みに体を震わせながら、二の腕を強くさすった。
 黒の三角帽子にドレスとマント。小さな魔女の衣装は、去年のハロウィンとまったく同じものだ。それなのに、明るく笑いながら夜道を歩いていた去年と違って、今年は夜風が体の芯まで凍らせるように感じられる。
 もちろん、それは単に気候の違いだけでなく、状況がそうさせているのだろう。
 彼女が感じているのは、不安が呼び起こすうそ寒さなのだ。

「だったら早く家に帰って寝てろよ、この不良娘が」

 そう応じるのは、リサの手元で光るランタン――のような、カボチャ型の妖精。
 ジャックは、まだ憮然とした様子で、ぶつぶつと文句を言っている。
 無理もない。何しろ今の彼は、ヒモでくくられ、棒の先から吊るされるという、実に哀れな姿なのだから。
 ジャックが自ら発光するのをいいことに、彼女は本当に手製のランタンにしてしまったのだ。

「ここまで来たのに、今さら引き返せるわけないでしょ!」

 リサもまた憤然と返す。
 彼女は両親が寝静まった後、仮装して家を抜け出してきた。見咎められれば止められるのは、あまりにも明らかだったからだ。
 そうして出てはきたものの、村の夜は恐ろしく静まり返っている。毎日、登下校で歩いているはずの農道も、時間帯が違うだけでこうも変わるものかと、リサは改めて感じた。
 仮装して驚かすのがハロウィンの醍醐味なのに、たった一人ではただの度胸試しだ。

「おまえさあ、何でそこまでハロウィンにこだわるんだよ? こんな時間に一人でウロウロしてたって、誰も菓子なんかくれないぞ」

 ジャックのあきれたような台詞に、リサはますますムッとする。

「お菓子が欲しくてやってるんじゃないわよ!」
「じゃあ、何でなんだ?」

 その質問に、リサはすぐ答えることができなかった。
 自分でも、わかりかねていたのだ。
 ハロウィンの行事自体は面白いと思うし、もらったお菓子でパーティーを開くのも毎年楽しみにしていた。しかし、村全体でやめようと言われれば、残念でも仕方ないとあきらめる。要するに、そこまで思い入れるほどではなかったのだ。
 それなのに、無性にハロウィンの衣装を着て夜道を歩きたくなったのは、ジャックに会ってからだ。
 自称ハロウィンの妖精が、彼女の奥に眠っていた記憶と、苦い思いを同時に呼び起こしたから――

「ランタンの光を見たら、戻ってくるかしら……?」

 リサは、ぽつりとつぶやいた。

 ――一年前、忽然と消えた少女。

 カレンの捜索は、失踪に気づいてからすぐに行われた。子供たちは危ないからと家に帰されてしまったが、大人たちがこぞって村中を探し回った。
 だが、それでもカレンは見つからなかった。警察は翌朝になって町からやってきたが、一通りの捜査をしても何の手がかりも得られなかった。
 カレンはどこへ行ったのだろう?
 自らの意思で消えたのだろうか?
 もし、そうだとしたら――その原因を作ったのは、自分だ。あの時、ただ一言、「一緒に行こう」と言っていれば……

「ハロウィンの夜には、死者の霊がやってくるって言うからな」
 ジャックの台詞に、リサは思わず悲鳴を上げた。
「――やめて!」

 リサは反射的に、耳を両手でふさいだ。その結果、手から離れたランタン――のように吊るされたジャックは、ごろごろと地面を転がった。

「てめ、何しやがる!」

 腹を立てたジャックは、ヒモを体にからませながら、ますます強い光を放った。しかし、リサは耳をふさいだまま動こうとしない。

「何、キレイごと言ってんだよ。一年も行方不明で、本気で生きてると思ってんのか? そう思うんなら、何で一年もほっといたんだよ。今日までずっと忘れてたんだろ?」

 いくら手で覆っても、ジャックの声は耳を通り抜け、胸の奥まで突き刺さる。

 ――わかってる。

 わかっているのだ。自分の行動が、自分に対する弁解に過ぎないと。
 あの時、カレンに意識を向けられなかった自分を責め、罪滅ぼしのような気持ちで夜道を歩いているだけなのだと。
 この小さな村で子供が一人、一年も長く隠れているはずもない。ランタンの光を見て戻ってくるとしたら、それは死者の魂でしかないだろう。
 わかっていても、その現実に向き合うのは、ハロウィンの夜に一人で歩き回るよりも恐ろしかった。

「ごめん……ごめんなさい……」

 リサは地面に座り込み、両肩を震わせた。頬をつたい落ちる涙が、黒いマントの上に小さな染みをぽつぽつと作る。

「謝るのは、オレに対してじゃないだろ?」

 いつの間にか、ジャックはリサの膝の上に座り、彼女の泣き顔をのぞき込んでいた。

「うん……そうだね……」

 うなずいて、リサはゆっくりと立ち上がった。しかし、膝に乗ったジャックをそのままにしたため、またしても彼は地面を転がるはめになった。

「あーくそ、だから大事に扱えっての! ……っておい、早く何とかしろー……っ」

 毒づくジャックの声は、次第に遠くなっていく。それもそのはず、彼の落下した地面はなだらかに傾斜していたのだ。
 自ら飛び跳ねることもできるジャックだが、ランタンのヒモがからまって、どうやら身動きが取れないらしい。ごろごろ坂を転がる妖精を、リサは慌てて追いかけた。



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