「お宅訪問」
その日、私は中古住宅に引っ越した友人のもとを訪ねた。
古い木造のせいだろうか、春先だというのに家の中はだいぶひんやりとしていた。
脱いだ靴をそろえ、廊下を歩こうとしたところで、私は派手に転んでしまった。
「ちょっと、大丈夫!?」
「う、うん……何かに引っかかったみたいで」
「何かって?」
起き上がりながら周りを見回したが、特に障害物は見当たらなかった。いったいどうしたというのだろう。
気を取り直し、私は洗面所を借りて汚れた手を洗うことにした。引っ越したばかりで掃除が行き渡っていないらしく、両手は真っ黒になってしまったのだ。
蛇口をひねると、水圧が低いのか、なかなか出てこない。ほどなくして出てきたのは――
どろりとした、赤黒い液体。
「ごめんねー、水道管が古くて赤錆が出てくるのよ」
赤錆……だろうか? これが?
仕方なく借りたタオルで手を拭っていると、リビングでけたたましく電話が鳴った。
友人はキッチンに入っているので、私が代わりに受話器を取る。
「出テ……イケ……」
地の底から押し出したような、重く冷たい声だった。凍りついて立ち尽くしていると、友人が戻ってきた。
「今、変な電話がかかってきたでしょう。何だか最近、イタズラが多くって」
お茶を出しながら、彼女は困ったように言う。だが、私の視線はただ一点に釘付けになっていた。
恐らく引っ越しでバタバタしてそのままになっていたのだろう――差込口から外れたままの、電話線のモジュラージャックに。
「あのさ……」
言いかけて、しかし私は口を閉ざした。
まあ、いいか。彼女なら大丈夫だろう。
背中にべったり赤い手形をつけて平然としている姿を見て、私は何も言わないことにした。
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