月夜の散歩に花束を


 満月の光が降り注ぐ夜、僕は彼女と二人で散歩に出ていた。あてもなく歩いていると、不意に彼女が道端にしゃがみ込んだ。
「この花はね、ここにしか咲かないのよ」
 そう言って一輪摘むと、彼女は僕に差し出した。
「ほら、可愛いでしょ?」
 月明かりでは色までは判別できないが、彼女の手には小さく可憐な花が握られていた。花に詳しくない僕は名前を訊ねたが、彼女は「さあ?」とはぐらかすだけで教えてくれない。そして、
「これは天ぷらにするとおいしいのよ」
「…………え?」
 思わず僕は聞き返した。この花のように可憐な彼女から、まさかそんな言葉が飛び出そうとは。

 しかし彼女は喜んで次々に摘み始めるので、まあいいかと僕は考え直した。
 煌々と照らす満月の下、花を摘む彼女。充分絵になる光景だが、出てくる台詞が少々そぐわない気もする。だが、摘むたびに「バターで炒めてもおいしい」「味噌で煮込んでもおいしい」などと連発するので、風情云々とは逆に食欲がそそられてきた。
 彼女とは最近付き合い始めたばかりだが、こんな一面もあったのかと驚かされる。

「そろそろ充分な量じゃないか?」
 僕の腕の中は、彼女の摘んだ名も無き花で埋め尽くされている。二人で食べるには多すぎるほどだ。
「そうね。この先に、花を持っていくと料理してくれるお店があるのよ」
 君が料理するんじゃないのかと思ったが、口に出すより先に、彼女は花束を抱える僕の腕をぐいぐいと引っぱっていく。

 散歩道を突き進むと、一軒だけぽつんと建つ小さな店があった。古めかしい扉を開けると、
「いらっしゃい。今晩はずいぶん大量だねえ。腕が鳴るよ」
 ずいぶんと体格の良い店主に迎えられ、僕は圧倒された。すると、彼女が背後で嬉しげな声を上げる。
「活きのいいお肉にはぴったりでしょう?」
「え……?」
 その時、僕は見た。店主の手に、大きな肉切り包丁が握られているのを。
 そして、暗くなる寸前の視界に映った、「鴨葱」と書かれた掛け軸も。

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