Holy, Stormy, Night



 今年のクリスマスは、激しい光と音で幕を開けた。

 凄まじい轟音に、私は思わず耳を塞いだ。窓ガラスには横殴りの雪が叩きつけ、強風で家全体がガタガタと震えている。真冬だというのに、まるで台風のような暴風雪。こんな時に一人で店番だなんて、まったくついてない。

 山でペンションを経営している我が家は、スキー客の来るこの時期には生活の拠点を山に移す。私も冬休みは当然、手伝いのために同行するので、高校生になった今日まで一度も、甘いクリスマスの思い出など生まれるはずもなかった。

 しかも今日はこの嵐の中、一人で過ごさなければならない。というのも、街へ買い出しに出かけた両親が、この荒れ模様のせいか夜になっても戻ってこないのだ。

 二人の携帯電話に何度も交互にかけてみても、繋がらない。山中だと電波が届かない範囲も多いので仕方がないとは思いつつも、やはりどこかに不安が残る。何事もなければ良いのだけれど……。

 ふう、と私は肩で大きく息をつく。もともと甘い期待など欠片もなかったけれど、今年は一番みじめでやるせない聖夜になりそうだ。

 それに、こんな天気では客など来るはずもない。もともと暖冬のせいで雪がろくに降らず、降れば降ったでこの嵐。今年は赤字必至だろう。もともとペンション経営など、近頃は大して実入りのいい商売ではないのだ。

 隙間風に肩を震わせながら、エントランスの鍵を閉めようと向かうと、いきなりドアが勢いよく開いた。

 ごう、と強い風と雪が室内に吹き込む。同時に転がり込んできたのは、一人の男だった。

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら、ドアを後ろ手に閉めると、その男はうなるように低い声で告げた。

「す、すみません……泊めてもらえますか?」

「あ……はい……」

 私は小さく頷くのが精一杯だった。もう夜も更けたこの時刻、暴風雪の中、いったいこの人はどうしてこんなところに来たのだろう。雪だるまのように全身雪まみれということは、もしや歩いてきたのだろうか?

 両親は不在で他に客もいないこの状況下、一人取り残された私はとても不安になった。客である以上、受け入れるのは当然のことだ。それでも気になってしまう。この人は、怪しい人間ではないだろうか? 逃亡中の手配犯だったりして――まさか、ね。

 とはいえここで拒否するのも人道に背くと思い、仕方なく私は招き入れた。

 ロビーの中央にあるストーブの前に座らせると、彼は雪まみれの手袋を取り、手のひらをこすり合わせながらかざした。

「あの……ここにお名前を……」

 カウンターからゲストブックを引っ張り出し、暖を取っている男の方へと一歩踏み出した。その時。

 激しい爆音が冬の空気を切り裂いた。あまりの凄まじさに、私は思わず悲鳴を上げる。

 そして、

「う、嘘っ! 停電!?」

 季節外れの落雷のため、辺りは一瞬にして闇に包まれた。

「やだー! もうやだ!! 何でこんな目に遭わなきゃいけないのよー!」

 すっかり取り乱した私は、なりふり構わず思いっきり叫んだ。クリスマスだというのに、どうしてこんなことばかり起きなければならないのだろう。不幸が一気に加速しているようだ。

 もしここに両親がいれば、こんなに取り乱すこともなかっただろう。それに、自家発電の設備はあるのだから、電源を入れに行けば済むはずなのだ。しかし、この時の私にそんな余裕はなかった。

 いまだ続く嵐の音にうずくまっていると、不意に私の目はほのかな光をとらえた。

 ぽう、と闇を照らし出す、小さな赤。

「どう? 落ち着いたかい?」

 その声は、さっき来たばかりの怪しげな客のものだった。そう言いながら差し出してきた彼の手には、小さなランプがあった。

「……真っ赤なお鼻のトナカイ……」

 耳になじんだフレーズを、私は思わずつぶやいていた。というのも、彼が差し出してきたランプはトナカイをかたどっていて、その鼻が赤々と輝いていたのだ。

「心配しなくてもいい。もうじき嵐は止むよ」

 私の目をじっとのぞき込むと、男は愛嬌のある顔をくしゃりとさせて笑った。その笑顔に、私もつられて笑いがこみ上げてくる。

「そう……よ、ね。なんかもう、ばかみたい。停電くらいで騒いじゃって」

 あはは、と自嘲するように笑うと、すべてが吹っ切れたような気がした。

 立ち直ったところで、自家発電機のほうへと向かおうとすると、来たばかりの客は再び玄関から出て行くところだった。

「え!? この嵐の中、どこに行くんですか!」

「待ってる人たちがいるんだよ」

「で、でも……!」

 引き止めようとしても、彼の意思は固いようだった。振り返りもせず、勢いよくドアを開ける。

 ごう、と鋭い寒風と雪が室内に一気に流れ込む。思わず顔を腕でかばい、そしてもう一度呼び止めようとしたその時――

「いない……?」

 たった今、玄関を出たばかりの人影が、一瞬にして消え失せていたのだ。

 そんなはずはない。もしかしたら闇にまぎれて見えなくなっただけかもしれない。そう信じて、私は慌てて外へ飛び出した。

 驚いたことに、嵐はぴたりと止んでいた。あれほど響いていた雷鳴は消え、暗雲も吹き飛び、頭上には降るような星空が広がっていた。

「どうして……」

 コートも着ないまま飛び出したというのに、私は寒さを感じる余裕さえ失い、ただ呆然とつぶやいていた。そして、晴れ渡る夜空の中に、私はそれを見つけた。

 瞬く星々の中をぬうように、颯爽と流れるソリの影。

 真っ赤な鼻のトナカイを携えて、自分を待つ人たちの元へと夜空を駆けてゆく、あの姿。

 その答えは、一つしかない。

「そんな歳でもないっていうのに……」

 思わず漏れる苦笑は、白い吐息の中に消えてゆく。それはただの照れ隠しだったのかもしれない。本当は嬉しさに高揚している自分を、自覚するのが気恥ずかしくて。

 寒さも忘れてしばらく立ち尽くしていると、坂道を上ってくる二本の光が見えた。見覚えのありすぎる、車のヘッドライト。

 ――ああ、無事だったんだ。

 自分のことで精一杯で、心配する余裕さえなくしていたけれど、こうして当たり前のように戻ってくる家族の姿が、今は無性に喜ばしい。

 遠い空で鳴り響くベルの音を聞きながら、私は車に向かって大きく両手を振った。




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