空色塗葬



 青空のまぶしい日、わたしは手の中に白い小鳥を抱えていました。
 小鳥はだんだん冷たく、固くなってゆきます。何とか温めようと、幾度もこすったり、息を吹きかけてみましたが、小鳥は身動き一つせず、わたしの手から温もりを奪ってゆくばかりでした。
 どうすればよいのかわからず、途方に暮れながら歩いていると、不意に日が蔭りました。ふと空を見上げると、そこには一人のおじさんがいました。

「何をしているのですか」
 わたしは思わず訊ねていました。そのおじさんは天に梯子をかけ、空色の絵の具を塗っていたのです。
「剥がれ落ちた空を塗り直しているんだよ」
 そう言いながら、おじさんは手のはけを一振りしました。すると、白く濁っていた空の一部が青く染まり、たちまち光を取り戻したのです。
「空も時間がたつと、色をなくしてしまうんだ。だからこうして時々塗り直しているんだよ」
 おじさんは梯子の上から見下ろして、わたしの手の中に目を留めました。
「その小鳥はどうしたんだい」
 訊かれて、わたしはうつむいてしまいました。
「動かなくなってしまったのです」
 やわらかかった羽を固く閉ざしたまま、小鳥は冷たく凍りついてしまったのです。小鳥をぎゅっと手に握りしめて、わたしは涙がこぼれそうになるのをこらえました。
「かわいそうに。貸してごらん」
 梯子をするすると降りてきたおじさんが、わたしの前に手を差しのべました。少しだけ迷ったけれど、わたしはその手に小鳥を預けることにしました。
 手渡された白い小鳥に、おじさんは空の絵の具を一振りしました。
 すると、青く染まった小鳥は閉ざしていた翼を広げ、天高く飛んでゆきます。やがて青空に吸い込まれ、溶けて消えてしまいました。
「あの小鳥は、空の一部になったんだよ。もう地上にいることはできなかったんだ」
 そう告げると、おじさんは再び天に向かって昇り始めました。どこまでも高く伸びる梯子を昇り、やがてその姿は見えなくなってしまいました。

 その日から、わたしは青空を見るたびに、剥がれたところがないか探すようになりました。また、あのおじさんが空を塗り直しているのではないかと。
 わたしの小鳥はどこへ行ってしまったのでしょう。今も空のどこかでやわらかな羽を広げ、飛び回っているのかもしれません。
 わたしもいつか、あの空に行けるのでしょうか。空色に染まり、空に溶け込むことができるのでしょうか。
 わたしが地上にいられなくなったら空色に塗ってくださいとお願いするために、今日もわたしは青空の中におじさんの姿を探すのです。

 

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