天使予報

今日は強い南の風、
空から天使の羽が降るでしょう

 塔から見下ろす風景は、いつものように灰色に澱んで霞みがかっていた。
 この塔に閉じ込められてから、幾日が過ぎたのだろう。朝日が昇った回数を、指折り数えようとしたが、虚しくなってやめた。
 天に向かって屹立するようにそびえる塔からは、裾野に広がる街並が見渡せる。ついこの間まで暮らしていた街。二度と戻ることのない故郷。
 たわいもないことに喜び、傷つき、明日が来ることを当然と思っていた日々。そんな日常は、何の予告もなく破られた。天使の息吹が私の体に染み渡った、その時に。
 もうあの日に帰ることはできない。
 それは天使に魅入られた者の運命。

 私は一つ息をつき、鳥籠に手を伸ばす。塔の最上階の狭い室内で、唯一触れることのできる生き物。その白い小鳥が、籠の中で羽を休めている。
 訪れる者も、声を交わす者もいない。わずかな食事は、ドアの下に取り付けられた小窓から定期的に投げ入れられるだけ。そんな日々を暮らしていた私にとって、この小鳥だけが心の慰めだった。
 鍵を外し、籠の扉を開けてやる。だが、小鳥はいっこうに出てこようとはしなかった。いつもは腕や肩に止まり、澄んだ声で歌っていたはずなのに。
 恐る恐る小鳥に触れる。案の定、小鳥は氷のように冷たくなっていた。
 やはり、と私は目を閉じる。
 わかっていた。残された時間がわずかだということくらい。最後に小鳥に触れた時、すでに命の灯は消えかけていたのだから。
 私は小鳥を籠から出して、胸に強く抱きしめる。
 この小鳥の命を奪ったのは私。私がこの塔の中で籠に閉じ込め、殺したのだ。

 私は固くなった小鳥の頭を撫でてやる。
 小鳥がこうして生涯を終えたということは、私の命も終わりが近いことを意味する。それを測るために、塔の中に小鳥を連れてきたのだから。
 私は冷たくなった小鳥の翼を広げ、その羽をむしり始めた。一枚、一枚、丁寧にいとおしく。抜き取った羽を取り落とさないよう、大事に抱え込む。
 そうしてすべての羽をむしり終えると、私はふと自分の手を見つめた。病んで肉が削げ落ち、枯れ枝のように細った指。肌には醜い斑が浮かぶ。鏡と向き合う勇気は湧かなかったが、恐らく別人のような相貌に変化していることだろう。
 これが塔に閉じ込められた理由。
 旅から帰ってきた私は、死の病を連れていた。異国の地で禍の嵐を巻き起こしたという病。すでに発症していた私は、街の人間によってこの塔に隔離された。街を死が席捲しないようにと。そして、ともに過ごした小鳥が死に、私もまた死に近づこうとしている。
 だけど、このままでは終わらない。

 私は塔の窓を開ける。唯一、外界と接することのできる扉。飛び降りたりしないようにと、格子が入っているが構わない。格子の隙間から、私は手を伸ばす。その手には白い羽。――死の病にかかって果てた小鳥の。
 私は羽を抱えた両手を広げた。
 そう、私は死の天使。折からの強い南風に乗って、羽はどこまでも舞う。
 やがては街に、天使の息吹を運ぶだろう。

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