光の糸に引っ張られ、野うさぎがたどり着いた月は、上を下への大騒ぎでした。
「まだ準備できてないのか!?」
「新入りたちはこっちに集まれ!」
「臼と杵が足りないぞ!」
大勢のうさぎたちが、口々に何かを叫びながら、ぴゅんぴゅんと物凄い速さで跳び回っています。そのうさぎたちは、みんな灰色の毛並でした。今まで、自分以外に灰色のうさぎを見たことがない野うさぎは、それだけで何だか胸が高鳴ってくるのを感じました。地上ではひとりもいなかった仲間が今、たくさん目の前にいるような気がしたのです。
でも、灰色のうさぎたちに声をかけることはできませんでした。あまりにも忙しそうに跳び回っている様子に圧倒されて、野うさぎは呆然と見つめているしかなかったのです。
しかし、大忙しで動き回るうさぎたちの中で、じっと立ち尽くしている姿はかえって目立ってしまいました。大きな体をしたうさぎが、ひとりだけ働いていない彼を見とがめたのです。
「こら、そこ。何をさぼっているんだ。早く自分の持ち場に戻りなさい」
いきなりそう言われても、野うさぎはどうすればいいのかわかりません。ここは見知らぬ場所ですし、また普段も群れからはぐれて暮らしていたので、こういう時にうまく立ち回ることができなかったのです。
「あ、あの……」
焦るばかりで、うまく言葉が出てきません。おろおろとしていると、不意に後ろから別のうさぎの声がしました。
「ああ、よかった。こんなところにいたんだね。ずいぶん探したんだよ」
振り返ると、そこには野うさぎと同じくらいの体つきの、灰色のうさぎが立っていました。
そのうさぎは、野うさぎを叱っていた大うさぎにぺこりと頭を下げました。
「どうもお騒がせしてすみません。僕らは十五夜うさぎなんです。すぐに持ち場に戻りますから」
そう言うと、大うさぎは驚いた顔をしました。
「何だ。おまえたち、十五夜うさぎだったのか。だったらこんなところをふらふらしてないで、早く準備を始めろよ」
「はい、ごめんなさい」
もう一度頭を下げると、そのうさぎは野うさぎの前足を取って、引っぱっていきました。
何が何だかわからず、ただついていくだけの野うさぎに、灰色のうさぎは振り返ってこう告げました。
「本当に、心配してたんだよ。急にいなくなったりするからさ。どこへ行っていたんだい?」
「え? あ、その……」
野うさぎは、どう答えればよいのかわかりませんでした。どうやら、このうさぎは自分のことを別のうさぎと間違えているようです。
いったいそれは誰でしょう?
もちろん、考えるまでもありません。彼と入れ替わった月うさぎしかいないでしょう。何しろ、月うさぎは彼と「そっくりだ」と言っていたのですから。
「勝手に出て行かれると困るんだよ。十五夜はもう明日なんだからね」
「ご……ごめんなさい……」
意味もわからないまま、野うさぎはただ謝ることしかできませんでした。
確かに、月には自分と同じ灰色のうさぎが大勢いました。彼は、ここで初めて自分の仲間を見つけたと思ったのに、今はただ黙ってとぼとぼと歩くよりないのです。
(もし、僕が月うさぎじゃないとばれたら、追い出されるかもしれない……)
その思いが、彼の胸に重くのしかかり、口も足取りもいっそう重くなるのでした。
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