OVER 1st mov.


 フィオの提示した一か月という期間は、実のところMA‐802――現在、元人間のイーリスの精神が宿る修理に必要な日数とほぼ一致する。つまり、ハーピーを探すというのも出航までの準備中の片手間程度のものなのだ。
 彼にとっては一人の少女の捜索よりも、自分と、自分の守るべき被保護者の安全確保が最優先事項。それに、暴走コンピュータの始末ならば市民の安全のために日々働く公務員にでも任せておけばよい。最優先する問題が片づいた後、管理局に通報するだけで充分だ。
 そのような効率計算結果を出し終えたフィオが、ハーピー捜索のための手立てを何も考案しなかったのはむしろ当然のことといえる。だが、エトにはそれが不満だった。

「街に行ってくる」
 憮然とした表情でそう切り出したのは、フィオがシステム復旧作業に着手した翌日のことだった。
「その必要性を感じない」
 フィオはにべもなく断じた。
「水と食料なら、一か月分くらいは間に合う。それに、燃料もこの船がここを発った時のまま残っているから――」
「そういうことじゃないだろう!」
 エトは、たまりかねて苛立った声を上げた。
「イーリスに頼まれたことを忘れたのかよ!? このまま、こんな墓場になんかいたって、ハーピーを探せっこないだろ。おまえが修理で忙しいんなら、俺が街に出て様子を見てくるって言ってんだよ!」
 フィオは眉一つ動かさず、顔を紅潮させてまくしたてる少年を横目でちらりと見やった。
「今ここで不用意に街に出ても、ハーピーを見つけ出す確率より管理局や保安局との邂逅率のほうが高い。下手な博打を打つべき時じゃない」
「フィオ!」
 叫んで、エトは荒い息をつく。もちろん、呼吸を整えたぐらいで心休まるはずもない。
「賭なんてのはな、当たりか外れか、そのどっちかしかないんだよ。俺は当たりの五分に賭ける。計算だけしてりゃいいってもんじゃないだろ。どんなに駄目だと思っても、逃げてたら意味がないんだ」
「ポジティヴだな、おまえは」
 そこにわずかな微苦笑が含まれているのを察知して、エトはますます不機嫌になる。
「おまえが悲観しすぎるんだろ! だいたい、ここまで来るのだって絶対無理だと思ってたけど、こうしてたどり着いたじゃないか。確率なんか関係ない!」
「おいエト、待て!」
 作業を続けるフィオに決別するかのような勢いでまくしたてておいてから、エトは踵を返して駆け出した。それをフィオは慌てて止めようとする。だが、
「おまえは残ってろよ。機械はおまえのほうが向いてるだろ!」
 そう言い捨てて、エトは今度こそ振り返らずに本格的な走行に移った。やがてその姿は積み重なったコンテナの山の向こうに消えて見えなくなった。

 天を仰いでフィオが壁にもたれかかると、頭上から声が降ってきた。
「熱血少年ね、彼」
「……その熱い少年の正義感に火を点けたのは誰だと思ってるんだ」
 少なからず怨みの籠もった口ぶりで、フィオが返す。
「あら、私はただ自分の窮状を訴えただけよ。そこに救いの手を差しのべるかどうかは聞き手次第だわ」
 いかにも心外とでもいうように、イーリスは反論した。これが元の彼女の身体であったなら、頬を膨らませるか口を尖らせるかしていたところだろう。
「僕一人だったら、こんなやり方をせずに済んだんだろうけどね」
「そうね。あなたならきっと他人に同情なんてしなかったわね」
 機械の造り出した音声でも、そこに混じった憤慨は正確に伝えられた。
 しかし、フィオは小さく首を振る。
「そういうことじゃない。ただ、僕はエトの安全を最優先にしているだけだ」
「でも行っちゃったわよ、あの子。止めなくてもよかったの?」
「あいつが行くと言うものを、止めるすべはないさ。少なくとも今の僕にはできない」

 その自嘲めいた表情を、イーリスは室内カメラの映像を通して見た。
 二人のうち主導権を握っているのはどうみてもフィオのほうなのに、なぜエトの行動を抑制することができないのだろう。イーリスはいぶかったが、その顔を見ていてはとても聞き出せるものではなかった。
「僕だったら真っ先にネットワークシステムを復旧させて、この惑星すべてを篩にかけるところなんだけどね。まずは搭乗名簿を見て、他星に出たかどうかを調べる。火星に滞留していれば、今度は公共機関を利用したかどうか、現金を引き下ろしたかどうか、といった具合に絞っていって、だいたいの居場所の見当をつける」
「それって違法なんじゃないの?」
「今の僕自体が違法そのものさ」
「それで……どうするの? あなたは」
 その問いに、フィオは漆黒の瞳を閃かせた。
「もちろん、そうさせてもらうさ。あいつが面倒なことに巻き込まれる前に、早いところ情報を絞り込んでおかないとね」
 つまりは、エトの先回りをするつもりなのだ。結局のところ、エトの気が済むまで好きにさせておいて、陰でサポートするというわけだ。過保護にならなければよいが、とイーリスは心中呟いた。

「さてと、そういうわけでもっと詳しい情報を教えてもらおうか。何しろ最初の説明だけだと、とてもじゃないけど検索に時間がかかって仕方がない」
「でも、ネットワークシステムはまだ復旧したわけじゃないんでしょ? だったら今、話したとしても――」
「無駄にはならないよ」
 言い淀むイーリスを遮って、フィオはそう断言した。さすがに彼女も言葉に詰まる。
「むしろ今のうちにデータを収集しておいたほうがいい。あとはネットワークに繋がり次第、それをもとに探すだけのことだ。――もちろん、協力してくれるよね?」
 フィオの口元には、イーリスの初めて見る微笑が浮かんでいた。これが有無を言わせぬ笑顔であることを、彼女は覚った。
「……わかったわ。黙っていても事態は進展しないものね」
 そうしてイーリスは語り始めた。フィオは休むことなく手を動かしながら、黙って耳を傾けていた。


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